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赤田ペン吉

Author:赤田ペン吉
バカ映画ハンター。
「バカ映画」の定義は、バカな映画と言う意味ではなく、バカ(赤ペン)が好む映画のことです。映画作品を貶める意図はありません。監督およびすべてのスタッフの皆さんにリスペクト!

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蟹工船
ミニシアターにて『蟹工船』鑑賞。

平日の昼間の上映。
ガラガラで、客は学生やワーキングプアの人ばかりだろう、
とタカをくくっていたら、結構な入りで
客層は年金貰ってそうな年配の方々ばかり。
リアル「蟹工船」は俺だけか!?
まあ、古い映画ですからねえ…。

今回はニュープリントでの上映、とのことだったが、
いざ上映が始まると傷だらけのフィルム。
ネガ自体が傷んでるからなんだろうか?

昔の邦画って、オープニングでゴジラが出てきそうだよなあ、
とかバカな事をぼんやり考えながら見ていたら、
本当に音楽・伊福部昭だった。
昭和28年製作のようだから、ゴジラより一年早い。

監督は俳優・山村聡。


山村聡といえば、総理大臣(ノストラダムスの大予言!)とか
社長とか、貫禄のあるソフトな人物役に定評がある様な気がするが、
自分にとっては何といっても「必殺仕掛人」の音羽屋の元締。
温厚そうな笑顔を浮かべながら、嘘の依頼で仕掛人を利用した
依頼人に「金はお返ししますよ」と巾着に入れた金を
首に巻いてやり、そのまま巾着の紐を絞め上げ、
「嘘つきめ!!」と絞め殺した荒業で印象に残る。
その凄みはどこから来たんだろう、と思っていたが、
自身の設立した独立プロでこういう映画を撮っていたのか。
本作は山村聡の深い深いダークサイドのその一部である。

出演者の顔ぶれ、出るわ出るわ後の演劇界の重鎮、
と言うより、各社のテレビや映画で老け役を演じ続けた
花沢徳衛や木田三千雄、それに浜村純などの若き日の姿。
『オール老け役大進撃』状態。
老け専にはたまらない事だろう。
浜村純など、後の姿とさほど変わらぬ老け顔なのに
「おい!そこの若いの!」などと呼びかけられるのだから
クラクラする。

普通、演劇人主導の独立系の映画なら、舞台の様な限られた
セットで展開する密室劇のようなイメージがあるが、本作は違う。
撮影監督に「天皇」こと宮島義勇、
撮影に後の東映大泉のベテラン・仲沢半次郎を配し、
立派なセットで撮影されたダイナミズムあふれる大作だ。
漁のシーンの大波など『Uボート』を思い起こさせる迫力。
そこで虐げられる労働者達の姿がじっくり描かれ、
伊福部節が盛り上げるものだから、
大魔神が来そうだったが、残念ながら魔神は来てくれなかった。
悲しすぎる。

冒頭に出てくる因業そうな人買いの親分の顔、
どこかで見たような、と考えていたが、
根本敬描くところの「村田さん」にそっくりである、
と気が付いた。
そう思って観てみると、映画のすべてが根本敬の世界のようだった。
不幸は突き抜けるとギャグになる、という事か。

ブームを受けて『蟹工船』も再映画化されるらしい。
監督は「ポップな蟹工船目指します」と言ってたらしいが、
この話のいったいどこに「ポップ」が割り込む余地があるんだろう?

とりあえず、当分缶詰は喰えないですね。




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テーマ:昔の映画 - ジャンル:映画

映画 | 10:54:31 | トラックバック(0) | コメント(0)
バニシング・ポイント(イギリス公開版)
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(2007/08/25)
バリー・ニューマン

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「今、円高なんですってよ!」
という井戸端主婦並みの経済感覚で、
輸入DVD数点をついつい購入。
今夜はその中から『バニシング・ポイント』の米国盤DVDを視聴。

国内盤もとっくに買ってるこの映画。
「Includes both US and UK movie versions」
という一文に惹かれて買ってみた。
「バージョン違い」には弱いですな。

長年、語り継がれている事だが、
『バニシング・ポイント』には、
本編からカットされているシーンが2つあるという。
一つは、主人公コワルスキーのベトナム戦争従軍の回想。
もう一つは、シャーロット・ランプリング扮する
ヒッチハイカーとのやりとり、との事。
どうやらイギリス公開版には、ランプリングのシーンが
残っているらしい。

開封し、盤面を見てビックリ。
これは、日本にはあまりない両面ディスクだったのだ。
片面にアメリカ版、もう片面にはイギリス版という贅沢な仕様。
てっきり、映像特典でカットシーンが入っているものと
ばかり思っていたので、うれしい誤算だ。

このディスクには、もちろん日本語字幕は入っていない。
しかし、何度も観た映画なので、意味は分かるし、
セリフよりも、映像と音楽が雄弁に語る映画なので
字幕は必要ないと思う。

いつもビックリさせられるのは、この映画、観る度に
新しい発見がある事だ。
毎回、違った映画を観ているようだ。
特に今回は、字幕なしで画面に集中していたので、
いろいろと新しい発見があった。

冒頭、出演者のクレジットにランプリングの
名前があって(当たり前だが…)興奮。
これがまぎれもなく別バージョンである事を思い知らされる。
当時は既に人気が出た後だからなのか、ランプリングのクレジットは
主役のバリー・ニューマンの次だ。

説明不足で意味の分からない場面が多いのは
同時期の『2001年宇宙の旅』にも匹敵するが、
荒廃したアメリカ大陸を突っ走る
白いダッジ・チャレンジャーの美しさは、
ディスカバリー号を超えている、と個人的には思っている。
その他、この映画の魅力は語り尽くせない。
気になる人には「是非、観てね」としか言いようがない。

さて、問題のランプリングのシーン。
コワルスキーが偽パトサイレンで検問を突破し、
バイカーと別れた後の土曜の夜の場面。
ラストの日曜の朝に繋がる重要なはずのシーンである。
ヒッチハイカーであるランプリングと夜道で出会って
助手席に乗せ、一夜を共にするコワルスキー
(といっても具体的な描写は無く、暗示させるだけ)。
どうやらその時に、翌朝の運命を決めたようにも受け取れる。
このシーンがあるのと無いのでは、ラストの意味合いも
微妙に違ってくる気がする。

長年、日本版(アメリカ版と同一)を見慣れている者には
どうにも違和感を覚えるシーケンスだ。
劇中、終始、無欲で虚無なコワルスキーが「行きずりの関係」ってのは
なんだか妙な感じだ。
無口なコワルスキーも、そこだけは変に饒舌だし。

しかし、ランプリングは現実に生きている人間では
ないのかもしれない。
翌朝、コワルスキーが車から出てくる場面では
助手席に彼女の姿はないのだから。
この映画の他の登場人物同様、そこにいて、そこにいない、
拡大したコワルスキーの意識の中で、
一瞬だけすれ違った人なのかもしれない。

ミステリアスなストーリーの核心に近づいたようで、
また遠ざかったようでもある。
しかし、こんなに何度も楽しめる映画は、あまり無い。
またそのうち観てみようと思う。




テーマ:アメリカ映画 - ジャンル:映画

アクション | 09:27:07 | トラックバック(0) | コメント(0)

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